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1987.8.10「サムルノリ」公演主催者@白石孝氏

1987.8.10「サムルノリ」公演主催者@白石孝氏

 サムルノリ公演(荒川区民ホール/1987年8月10日)の主催者である白石孝さんと先日の6月6日の京都円山音楽堂でタイ旅行以来十数年振りの再会。思い出話には花が咲かず、話題は「今は??」「官製ワーキングプアーや派遣切り」二次会の拾得までの12時間に及ぶ長い一日でした。白石さんを朝日新聞の夕刊に発見しましたので紹介します。

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【自主レポート】
*白石さんのレポートを一部紹介します。* 
 在日韓国・朝鮮人が多数居住している荒川区であるからこそ成立した運動だったと思う。ニューカマーもたくさん居住し、いまや「リトルソウル」的雰囲気をかもし出している三河島界隈、その中心商店街でお店を営む商店主は、日頃からのお付き合いを大切にしたからこそ、区長と延々話し込んだ。その商店街や荒川区に共生化の種をまいたのが実は私たちの運動である。1987年、ソウルオリンピックを目前にした韓国で、衰退していた朝鮮伝統音楽を蘇らせた「キム・ドクス」率いる「サムルノリ」荒川公演を在日と日本人合同の実行委員会が成功させた。会場となったサンパール荒川大ホールは1,120名定員である。そこに1,500人もの聴衆が詰めかけ、区や議会関係者も多数来場した。そのコンサートの感動が、それ以降、区民祭りなど区の多くの行事に必ずといってよいほど「朝鮮・韓国舞踊、音楽」が登場するようになった。20人にひとりの割合で在日が暮らしているのだから、区内の各種行事で紹介されるのは当然なのだが、この日のコンサートが区を動かすことになったのだ。
 南北自主的統一をめざす夏の恒例イベント「統一マダン」、数十年続く「日朝女性の集い」「北朝鮮に米を送る運動」など節目節目の取り組み、そして日常的な交流、人的信頼関係がベースとなって、8月10日を迎えたと思う。目の前にいる外国人と共に生き、暮らすまちを創りたい。当たり前のように多文化が存在する、その現実を直視し、思想・信条、立場の違いをふまえて、だからこそ共生のまち荒川を実現させる、8月10日はそのスタートの日でもあった。
http://www.jichiro.gr.jp/jichiken/report/rep_tokushima29/jichiken/4/4_2_09.htm
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